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本館第1展示室

富士山南麓の地に生活してきた人々の歴史や文化

富士山南麓の地に生活してきた人々の歴史や文化について、時代別に展示しています。

本館第1展示室 近代教育のはじまり 近代の幕開け 治水と新田開発 富士山信仰 律令時代 吉原宿 稲作の始まりと古墳時代 武士の争いと新しい仏教富士のおいたち縄文時代の人々

富士のおいたち

富士のおいたち

富士市の生活基盤である富士山・愛鷹山・田子浦砂丘・加島平野・浮島沼の生成とその特質、郷土の土地条件を紹介します。

縄文時代の人々

縄文時代の人々

天間沢遺跡など、代表的な遺跡をジオラマや出土品で紹介

稲作の始まりと古墳時代

稲作の始まりと古墳時代

弥生時代の農耕具と古墳の副葬品の数々

先史時代の郷土は、富士山の噴火があったにもかかわらず、旧石器時代にさかのぼって人々の足跡をたどることができます。古墳時代までの代表的な遺跡や遺物を展示し、当時の生活文化の一端を示します。特に、温暖な気候の中での清冽な湧水、広大な山麓原野の生活を、縄文時代の比較的豊富な資料で示します。

律令時代

律令時代

遺跡から出土した資料により、富士郡衙と三日市廃寺を紹介

律令時代に入ると、伝法地区に郡衙や寺院が置かれ、富士郡の中心地となりました。また、元吉原地区には東海道柏原駅が置かれ、交通の要衝として栄えました。
このコーナーでは富士郡衙関連資料の他、寺院や信仰関連資料を通して、古代人の生活の一端を紹介します。

武士の争いと新しい仏教

武士の争いと新しい仏教

鎌倉から室町に至る動乱の時代の資料

中世の郷土は、新しい時代への動乱の時期でした。富士川の合戦は、東国で挙兵した源氏が平家追討の緒戦を飾ったものとしてしられ、岳麓では、鎌倉幕府の練武のために富士の巻狩が展開されました。また、新興仏教の日蓮宗の布教と教線拡張によって、宗教界は大きく揺れ動きました。戦国時代になると、郷土は地理的要衡の地であったため、今川氏・北条氏・武田氏が、覇権を競って激しい争奪戦を繰り広げました。

吉原宿

吉原宿

2度の所替えを行った東海道吉原宿。機能や名物を紹介

古来より郷土は、東海道の通過地であり、内陸と海を結ぶ交通上の要所でもありました。吉原宿は、富士川の乱流や津波などの自然災害で三度所替えを余儀なくされました。郷土の核となった吉原宿と東海道の変遷、また宿場の機能や生活のようす、近隣農村の関係などを示します。

治水と新田開発

治水と新田開発

水とのたたかいを、ジオラマで紹介します

古来、郷土の人々は、富士川の乱流・浮島沼の低湿・駿河湾の潮・水無の大地など、水との戦いに不撓不屈の努力を重ね、治山治水の難事業に挑み、富士市発展の基礎を築いてきました。生活の保全と生産力の増強を求め続けた郷土の人々の願いやエネルギーを伝えます。一方で、郷土の人々は、きびしい自然を巧みに利用してきました。富士川治水のミニジオラマなどから、それを作り出した人々の喜びや苦労のようすを紹介します。

富士山信仰

富士山信仰

修行の拠点として栄えた村山浅間の盛衰を今に伝える資料

古代の郷土は、富士山の火山活動のもっとも激しい時代であり、山は絶えず噴煙を吐いていました。住民は富士山を畏れ敬い神格化し、山麓に浅間神社を祀りました。後に、富士修験の活動が始まり、村山を拠点に富士山を曼荼羅世界の具現としてとらえ、富士登山を修行としました。近世以降、急速に発展した富士講は信仰とレクレーションをかねた富士登山の魅力によって庶民の間に大流行しました。こうした信仰変遷の様子を展示しています。

近代の幕開け

近代の幕開け

「ディアナ号」が語る開国の歴史。郷土との関わり

明治維新は、郷土にも大きな変革をもたらしました。通信・交通・電気等の文明開化の波がおしよせ、近代教育の必要にも迫られました。今日の富士市の基盤が醸成されていった過程を、活発な地域開発や地場産業育成の歴史によって示します。また、幕末の日本とロシアのもう一つの開国の歴史を物語る「ディアナ号」の遭難を紹介します。

近代教育のはじまり

近代教育のはじまり

明治時代の教科書や、学校の写真など

明治5(1872)年に学制が発布され、職業や男女の別なく、学校で教育を受けるように定められました。富士市内の村々でも小学校が設立され、学校教育が行われるようになりました。当時の教育の様子を教材・教具や写真などで紹介します。