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調査研究報告№5

総合的な学習に対応した博物館の教育普及活動について


―紙漉体験学習の事例を中心に―

富士市立博物館指導主事 内田昌宏

1.はじめに

平成14年度に本格的に実施される総合的な学習では、子どもたちが、地域の素材に着目して、 自らの課題を自らの方法で追及することが重視されている。 富士市内の各小中学校で、総合的な学習を志向した実践が取り組まれる中で、 地域の素材について豊富な資料・情報をもつ博物館を活用するケースが増えている。 また、学習形態的にみると、従来の展示を受け身的に見学するスタイルから、 子どもたちの興味・関心を高め、実感的な理解をうながす体験学習を位置づけるスタイルに変化する傾向にある。 このような状況に対応して、当館では以前より、 各教科や総合的な学習におけるさまざまな体験学習の支援を行っている。*1 本稿では、当博物館において主要なテーマでもある紙に関連した、 紙漉体験学習の事例を中心に紹介し、 その取り組み方法と博物館の支援の実態、成果・課題などについて述べていくことにしたい。


2.紙漉体験学習の実際

富士市内の小中学生が、当館で紙漉体験を行うのは、 博物館事業としての小学生手漉和紙教室と、 社会科・総合的な学習などの授業で行う場合などがある。*2

①小学生の手漉和紙教室
小学生の手漉和紙教室は、夏休みの3日間の日程で、 富士山麓の伝統的な三椏を原料にした手  漉きの体験を行う。 対象は小学校4~6年生で、ハガキや半紙サイズの紙漉や漉いた和紙を 使ってのうちわづくり、原料の塵とりなどに取り組む。 30人の定員であることから、博物館のスタッフ(指導主事・学芸員)だけでなく、 富士手漉和紙の会*3に講師を委託して行っている。 この教室は、地域の歴史になじみの深い三椏を原料にした和紙づくりに親しむことと、 和紙のすばらしさに関心をもつことをねらいとして、長年博物館で主催しているが、 子どもたちが個人的に後の学校の授業で生かせる学習のヒントや実感をともなった知識を得るよい機会ともなっている。
小学生の手漉和紙教室
△小学生の手漉和紙教室
②小学校の授業における紙漉体験学習
小学校の授業における紙漉体験学習としては、4・5学年のケースが多い。 生活科の実践で紙漉に取り組む学校もでてきているが、 環境学習の一環としての紙漉や地域の主要産業である製紙の工程を理解するための紙漉、 伝統産業の歴史にふれるための紙漉といった体験学習のパターンが一般的である。 また、ひとつの単元のながれの中でも、子どもたちの学習追求の展開や、 学習課題によって、紙漉体験の位置づけが異なる。 当館では、これらの学習に対応して、 紙漉の道具・施設、人材などの提供・紹介・派遣を行い、紙漉体験学習の支援をしている。 まず、各学校から博物館に支援の要請があった場合、 事前の打ち合わせをもつことになっている。 そこで、紙漉体験学習のねらいや原料、人数、紙漉体験活動の場のセッティングなどを確認する。 それによって、紙漉の実際の指導を担当する博物館のスタッフと 富士手漉和紙の会の役割分担をはっきりとさせる。 そして、体験活動の前日には、原料や紙漉道具の搬入、 体験日には、体験指導と事後の反省の場をもつといった手順をふむことになっている。 平成11年度に総合的な学習あるいは社会科の紙漉体験で、 富士市内の小・中学校が当館を活用したいくつかのケースを紹介することにしたい。
(吉原小学校5年生の場合)
社会科の学習で地域の主要産業である製紙工業に着目した。 そして、学校で牛乳パックを回収して製紙工場に運んでいることから、 自分たちで、まず、牛乳パックを原料にした紙づくりに試行錯誤しながら取り組んだ。 その過程で、紙に不純物が混じったり、平らにならなかったり といった新たな学習課題がおこり、それを解決するための方法として、 博物館を活用した紙漉体験を設定した。このような経過から、子どもたちは、 パルプ原料とネリの配合、紙の乾燥に特に関心をもっていたので、 博物館と学校との事前の打ち合わせを通して、 紙漉体験の前にこれらの点について、簡単な実験を交えながら、 説明を加えることにした。 この説明には、博物館のスタッフだけでなく、 富士手漉和紙の会の中で、製紙工場で働いた経験のある会員も担当し、 実際の工場での様子についても話をした。
パルプにネリを混ぜる 漉いた紙の乾燥
△パルプにネリを混ぜる  △漉いた紙の乾燥
(丘小学校5年生の場合)
学区にある工業用水の浄水場に着目しながら、 製紙工業の学習に取り組んだ。そして、紙の生産に水がなくてはならないことに気づかせた後、 地域の製紙工場見学を位置づけた。工場見学を行う場合、ともすると、 あまりに生産工程がブラックボックス化していたり、 安全面の理由から機械を間近に見ることができなかったりして、 その生産工程を十分に把握することが難しいことがある。 そのために、工場見学の前に手漉体験の場を設定し、 手漉で使う金網製の漉枠が、実は製紙工場で原料を漉く大型のスクリーンと 同じような役目を果たしていることを博物館のスタッフが事前に説明してから、 紙漉体験を行った。そして、この後の製紙工場見学で、 例えば、機械のそれぞれのしくみや役割といった視点をもたせることにつなげるような配慮をした。
パルプを漉く方法の説明 漉枠の構造の説明
△パルプを漉く方法の説明  △漉枠の構造の説明
(富士第1小学校5年生の場合)
総合的な学習の導入で、紙漉体験を位置づけ、 後の地域にある製紙工場の見学に関心をもたせることをねらいとした。 この学校は、予めプラスチック製の漉枠をクラスの人数分用意してあったこともあり、 ほとんどの子どもたちが、紙の原料をコンテナから汲みこむことによって、 紙料を漉枠にのせることをつかんでいた。 そこで、子どもたちの中には、紙漉の体験前から、折り紙や落ち葉を用意し、 それらをはさんで楽しみながら紙を漉く子も見られた。 この実践では、富士手漉和紙の会会員が、 金網とプラスチックの簀による紙のでき具合の違いについて補足的な説明を行った。 このことによって、子どもたちは、原料と機械の関係に関心をもつようになった。
漉枠を手にする子どもたち コンテナから紙料を汲みこむ
△漉枠を手にする子どもたち  △コンテナから紙料を汲みこむ
(須津小学校5年生の場合)
製紙工業学習の導入として、紙漉体験を位置づけた。 したがって、体験学習のねらいも、紙漉の工程そのものの理解というより、 まず、紙や製紙工業について目を向けることが中心であった。 博物館スタッフと富士手漉和紙の会会員は、手漉の基本的な方法の説明を主に行い、 子どもたちは、漉枠を動かす感触を楽しみながら、手漉のやり方に親しみ、 製紙工業の学習に関心をもつようになった。 この紙漉体験は、後の学区内にある製紙工場見学の動機づけにつながった。
③中学校の授業における紙漉体験学習
中学校の紙漉体験学習は、小学校と比較して少なく1校のみであった。 須津中学校1年生が、総合的な学習で富士市内の施設巡りを行い、 その一環として、博物館の施設を利用した紙漉と陶芸の体験学習に取り組んだ。 小学校の社会科で、製紙工業について学習した経緯はあるものの、 ほとんどの子どもたちにとっては、紙漉は初めての体験であり、 「紙漉の体験をして、紙の町に生活していることをあらためて実感した。」 といった感想が聞かれた。
紙漉体験に取り組む中学生
△紙漉体験に取り組む中学生

以上、平成11年度の当館を活用した富士市内の小中学生の紙漉体験の実際について、 その概略を紹介した。この他に、公共の交通機関を利用して、父母の協力を得ながら、 クラス単位で当館の施設を利用して紙漉を体験した学校もみられた。*4 さらに、市外の小学生が遠足や社会科の製紙工場見学とセットで、当館の施設を利用して、 パルプを原料にしたハガキサイズの紙漉を行った。市外の事例数は少ないが、 このような紙漉体験活動を通して、 紙の町にある当博物館の存在価値を認識してもらうひとつの機会となっているように思われる。*5


3.紙漉体験学習の成果と課題

これまでの当館における、ことに、総合的な学習に対応した紙漉体験活動をふりかえると、 次のような成果と課題がある。まず、成果としては、

その一方、課題としては、


4.おわりに

生涯学習時代における学校教育と社会教育との連携・融合の重要性がいわれる中で、 今後、博物館の教育普及活動の需要が増えることが予想される。 ことに、学校教育においてこれから本格的に導入される総合的な学習への何らかの対応が、 博物館の今日的な課題となっているといえよう。 前述したように、さまざまな制約のある博物館が、 個別化・複線化の予想される総合的な活動にスムースに対応していくためには、 まず、博物館側と利用者である学校側との相互交流を進め、 お互いの特性や立場を理解することがたいせつであると思われる。*8 そのうえで、子どもたちにとって意義のあるしなやかな取り組みが実現できるのではないだろうか。 これからも、紙の町に生活する子どもたちのために、 今回述べてきたような紙漉体験活動の場を利用者側との相互交流を通して、 より改善しながら、提供していきたいというのが、当博物館スタッフの思いである。

      *1 平成11年度には、例えば、紙漉の他に、火おこし、石器づくり、ソバ・米の脱穀などの
          体験学習の支援を行った。

      *2 この他に、毎年春に博物館で主催するさくらまつりinふるさと村、また、平成12年度
          には、3回実施の手漉体験日、夏休みの「紙のふしぎ実験室」の際にも紙漉を体験する場を
          新たに設けた。

      *3 富士市立博物館が平成元年度に実施した手漉技術者養成講座の参加者を中心に発足した会
          で、富士山麓の伝統的な三椏紙漉を中心に活動を行っている。当館の子ども向けの教育普及
          活動のみならず、成人を対象にした紙漉講座の講師も担当している。

      *4 クラス単位での利用は2校6クラス。この他に、博物館資料(道具・パネル・ビデオソフ
          ト)を活用して製紙工業の学習に取り組んだ学校もある。

      *5 平成11年度の市外の利用は3校。さらに、オーストラリアの交換留学高校生や日米草の
          根交流のアメリカ人参加者などが、当館の施設を使用して紙漉体験を行い、国内有数の製紙
          工業地域である富士市の姿にふれた。このような紙漉体験を通した国際交流は、好評であっ
          た。

      *6 *2でふれたように、1年間を通して、さまざまな紙漉の機会を設定するように改善して
          いる。また、平成12年度からは、学校へのいわゆる出張形式の紙漉体験を予算化すること
          によって、市内の小学校が授業の中で、紙漉体験を実施しやすくする環境づくりに取り組ん
          でいる。

      *7 平成11年度中に、檜製の漉桁一式、体験学習用の金網製漉枠10セットを購入した。檜
          製の漉桁は、三椏や楮などの和紙を漉く場合に使用することにしている。また、手漉紙の短
          時間の乾燥に対応するために、平成12年度には、手漉用平板型乾燥機を導入した。

      *8 博物館のスタッフが学校側の要請で、ゲストテイーチャーとして学習活動や校内研修に参
          加したり、教員が博物館の施設を活用した主任者会や実技研修会(例えば、平成11年度は、
          中学校美術科教員研修会での紙漉体験、平成12年度は、小・中学校社会科研修会での紙漉
          体験など)に参加したりという相互交流を進めることによって、お互いの実情を理解してい
          くこを心がけている。これからも、博物館と学校がそれぞれの立場になって、それぞれの特
          性に磨きをかけることができるような相互活用のルールづくりに取り組んでいきたいと考え
          ている。

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